『地方創生2.0』とは何か
10月より石破茂・第102代内閣総理大臣が誕生し、新たな政策をスタートさせています。私自身、初代地方創生担当大臣だった石破さんの下で地方創生シティマネージャーとして地方自治体の総合戦略策定に携わった経験があり、この10年の地方創生政策にまつわる栄枯盛衰を見てきました。
従来の延長線では厳しい地方創生政策
石破首相が地方創生をライフワークとしてきて、またそれをアップデートすることに本気であることは、人事を見ていても確認できます。事務方トップである官房副長官・内閣人事局長に旧自治省出身で元総務事務次官の佐藤文俊氏を起用したことは、石破内閣にとってこの地方創生2.0が最重要な政策であると示しています。
一方でデフレかつ地方の人口に多少の余裕があった10年前とは様相が一変しており、すでに団塊の世代が後期高齢者に突入して生活コストがインフレ基調になってきている現在においては、無尽蔵とも言える国債発行を原資としたバラマキに近いような地方創生は無理筋です。
国が笛吹けども地方は踊らず、予算を出しても受け手となるプレーヤーがいない状況では、単なる地方創生の焼き直しでは失敗が目に見えています。重要となるのは観光・防災・交通といったこれまで国土交通省が担ってきた政策分野へのテコ入れであり、安倍政権以来、公明党枠として歴代国交大臣を務めてきた枠をどうするかということでしょう。
複数の役割を担う、大複業時代の到来へ
「地方に仕事がない」とはよく言われる言説です。しかし厳密に言えば仕事がないわけではなくて十分な給与水準が得られるフルタイムの雇用がない、ということです。地方経済を形成する大多数の中小企業にとっては、従業員の賃上げは経営にとっての死活問題であり都市部との賃金格差によって人材獲得が困難となっています。
それならばある程度のワーク・シェアリングを実現しつつ、複数の中小企業連合体で一人の雇用を賄うような仕組みづくりこそが地方単位に求められる政策となります。そこで最低賃金引き上げを実現するような雇用補助金や、様々な資格取得に必要な経費負担といった予算メニューが考えられるでしょう。
もちろん自動運転やロボット技術の活用など、人手不足を緩和するための情報技術の実証的導入は待ったなしの状況ですから、これまでのデジタル田園都市構想の流れを引き続き進めていくことも肝要です。
観光の再定義・サステナブルツーリズム
地方にとって観光は一大産業であるにもかかわらず、その恩恵に預かるのは宿泊施設や交通事業者等の一部に留まり、混雑やゴミの散乱といったオーバーツーリズムの問題が顕在化したのが近年の円安を背景としたインバウンド需要の急増でした。
まだ大半の観光地が、先人たちの築いてきた文化的資産や遺跡に乗っかるだけで、その価値が漸減していくことに手をこまねいている現状であり、気候変動や気象激甚化といった自然環境の変化はそのままリスク要因として観光産業の発展を妨げています。
ここに来て提唱され始めているのがサステナブルツーリズムであり、訪れた者たちが自然環境をより美しく、価値が高まった状態で帰っていくようなプログラムづくりです。従来の収奪的な大量・短期の滞在ではなく、少人数が中長期にわたっていかに地域の存続にコミットできるかのプログラムづくりが鍵を握ります。その意味ではワーケーションや多拠点居住といったライフスタイルが重要になってきます。
食料自給率を上げて、高単価高品質な農作物を
地方における主産業はやはり第一次産業であり、土地利用や防災の観点からも農地を適正に維持し続けることが必要です。とくにカロリーベースの食料自給率を上げていくためには、畜産業の穀物を国内・理想的には地域内で賄うことが求められます。
和牛のような海外で人気の食材を、国内の農地を活用して粗放管理しながらサプライチェーンを再構築することは国益に適いますし、集落単位で取組むことによって獣害や自然災害から住民を守る大きな手段と経済力となります。果樹栽培するにしても獣害対策は必須ですから、農地のゾーニング含めて検討する必要がありそうです。
厳しい国際情勢を見据えた地域の生き残りを
ロシアによるウクライナ侵攻の決着点が見通せない中で、新たにイスラエルと周辺諸国との戦闘状態も激化しつつあります。中国による領空・領海侵犯など日本も他人事の状況ではありません。こういった不確実性が高まる国際情勢に対して、食料やエネルギー、労働力まで含めた自給力を上げていくことは国益に適います。とくに円安基調では国内回帰が相対的に競争力を持ちますから、生産拠点や雇用を地方に誘致できる余地は拡大しています。
そのために必要なのは、人口増加の時代につくられた社会システムを抜本的に解体して、昭和の成功体験を逆回転させることです。一つの企業に長く勤める専業モデルから、たくさんの企業に複業で関わる個人が増えるようになり、高い学歴を得て良質な労働力になるよりも必要に応じて学び直して何度もリスキリングし、定住ではなくライフステージやキャリアプランに応じて都市や海外と行き来できる、そんな寛容性を持てる地域が選ばれて生き残ることでしょう。