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『地方創生』時代の終焉

10年以上ローカルの現場に携わってきて、コロナ禍が起こって完全に状況が置き換わった感があります。具体的には、地域のインフラをはじめとした様々な基幹構造がもはや持続不可能に陥っており、根本原因としての人手不足がのっぴきならないところまできている実感を、各地を再訪するなかで非常に強く感じます。

それとともに、従来の地方創生というデフレ経済下における政策パッケージが完全に機能しなくなっている実情も明らかになっています。国が国債を発行し、政府支出という税収の再分配から雇用創出や事業機会を見出すといったマクロ経済的なアプローチが、むしろ中間コストが高すぎて各地域のミクロ経済にはまったく行き渡っていかないのです。

インフレを目指す上でのボトルネック

政府としては、資源高や物流コストの増大といった課題に対して、物価や賃金上昇を含むインフレに誘導することで緩やかに解決していこうという意図が見え隠れします。しかし、このコスト上昇よりも供給サイドの物価・賃金上昇は緩やかであり、国民生活にその負担がのし掛かっています。

とくに円安を背景にしたガソリン代や電気料金などエネルギー価格の高騰や、人手不足による人件費の上昇は地域の末端を支える中小企業の経営を脅かしており、現実に運行路線を縮小するバス会社や営業時間を短縮せざるを得ないスーパーなど、地域の暮らしを支える基盤が持続不可能になりつつあります。

様々なビジネスの現場において、最大のボトルネックとなっているのは「人がいないこと」です。とくに2025年までには1947〜49年生まれの団塊世代が75歳となり大量引退が見込まれます。地域のインフラを担ってきた世代が後期高齢者になるため、その人々が一気に供給側から需要側に転じるのです。

笛吹けども踊らず、財政出動の終焉

この人口動態の課題は、政府にも大きな影響をもたらしています。これまではほぼゼロ金利の状態で国債を発行できたものが、グローバルでも金利上昇局面に差し掛かっています。とくに将来人口が減少に向かっている日本では、従来型のハードに依存した需要創出だけでは限界があります。

ハード整備についても、原材料費や人件費の高騰によってこれまでの予算規模を1.5~2倍まで押し上げ、五輪に始まり万博や様々な事業についても当初よりも多額の税金を投入する事態となっています。財政出動によって市井に資金が流れるという考え方もできますが、費用対効果という点ではこれらイベントによる成果が過去よりも大きくなるとは考えづらいです。

地方創生分野においても同様であり、様々なイベントやワークショップが現在も企図されていますが、それらの効果が上がっているかと言えば限定的になっています。言葉は悪いですが、もはや生産人口の若者世代には見向きもされず、暇をもて余したお年寄りが行政や政治家にもの申すだけの場になっているのがほとんどでしょう。

新しいモノゴトを生み出せない地域の隘路

とくに、SNSなどを通じて不祥事が瞬時に出回る社会においては、行政はかなり保守的にならざるを得ません。新規事業を進めようにも、住民説明に数年をかけて事業者選定をシビアに行ない、半分程度を自己負担とするようなプロジェクトでは手を挙げる方が難しくなっています。

構造的にイノベーションが興らない地域は、何者かになりたい若者たちには魅力的に映らなくなってきています。コロナ禍も終わり、新たな可能性を海外に求める選択肢も増えてきている現状において、敢えて地域おこし協力隊などを通じて若者たちの未来をスタックしている地域に投下すべきか、判断は難しいです。

人材が最大の希少資源となっている現在において、もはや地域をフロンティアと見なして機運を高めていくタイミングではなくなりました。むしろ省人化を進めながら、いかに地域の維持に必要な要素を取捨選択していかなければならない局面に差し掛かっていると言えます。問題は、そのような不都合な真実を政府・行政主導で進められるかでしょう。もはや待ったなしの状況ですが。

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