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地方創生狂想曲が終わった後に

北海道の自治体アドバイザーをしていた時に、旧炭鉱のまちで2万人居た人口が5,000人を切ろうとしている急速な人口減少下において必要なのは、新機軸をブチ上げて地方創生を喧伝するのではなく、インフラや公共の機能複合化や統合効率化といった役割の見直しだと気づきました。

これまでの縦割りや機能分化によって、高度に発展してきた様々なシステムは歯車の逆回転に対応できておらず、メタボな組織になっていたり、無駄な公共施設が単機能で点在するといった状況を生み出しています。そのため、北海道では病床数の余った町立病院にサービス付き高齢者住宅を入れるといった機能複合化を進めました。

国のタテマエと地方のゲンジツ

国はケーザイコーカやジンコーゾーカみたいなKPIを期待してくるし、それは地方創生の交付金を得るためには必要な項目なのだけど、P.F.ドラッカーが看破しているように非営利組織に対しては短期的な目標設定は相応しくありません。定義や基準をあれこれ弄って、目標達成しているように見せかけることはできても、それが本質的に成果を見出すのは長い時間がかかります。

それは大学に対する交付金においても同様であり、短期的な目標値を追うことによる弊害は様々なところで出始めていると思うのです。方や、中国のような個人の自由や民主主義を制限している国では、経済発展や人口をもコントロールすることは容易でしょうが、果たして我々はそういった基本的人権を手放してまで経済や人口といったイシューが重要なのでしょうか?

ポピュリズムのための地方創生を辞める覚悟

地方創生は誰のためか、よく考えてみる必要がある問いでしょう。一義的には地域住民のためと言えますが、その地域住民が必ずしもビジョンを持っているわけではなく、短期的な利害や現状維持バイアスによって痛みを先送りしているケースも多いです。結果として将来世代への負債が大きくなって、地方創生が一種のカンフル剤的にガス抜きしているところがほとんどなのではないでしょうか。

残念ながら、多くの地域においては残された時間が少なくなっています。私が北海道で経験したような、急激な人口減少が目前に迫っていると考えた方が良いでしょう。そこに必要なのは、徒花のような打上げ花火ではなくて、着実なるダウンサイジングによって公共機能を縮減しつつ、個人の尊厳と自由を最大限に守るような地域の在り方を問い続ける地道な活動なのです。

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1977年シアトル生まれ。地域イノベーション企業家。林業合コン、棚田deセグウェイ等の過疎地ビジネスを経て、行政トップの右腕、大学教員と産官学を経験。犬猫が地域に生き残る寛容な社会を目指すネコウヨです。

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日本や世界をフラフラと旅して、日本から世界へと発信するローカルイノベーションを研究しています。

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