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第四話:手取川を取り巻く河畔の森

タイトル・あらすじはコチラ↓
『斐伊川に流るるクシナダ姫の涙』

「このご縁が末永く幸せに続きますように」
ククリ姫は若い二人の新婚夫婦に声をかける。新婦とは幼い頃から恋話を続けてきた仲であり、相談に乗っては話しかけるきっかけ作りに協力していた。いつしかククリ姫の周囲には、恋に恋する乙女たちが集まるようになっていた。

ククリ姫には秘密がある。自身のなかにヌナカワ姫とアキ姫、セオリツ姫の記憶が残っており、それぞれ志半ばで若くして亡くなっていた。ククリ姫として生きる際に決意したのは、素敵な殿方と巡り会って平穏無事に暮らしたいという理想を叶えることだ。ククリ姫の人生の優先順位は、社会的な役割を演じるのではなく個人としての幸せを追求することにあった。
 
白山から流れ出た水は流路を頻繁に変えており、深い淵と流れの速い瀬が断続的に連なっている。瀬にはゴロゴロとした石が堆積しており、石川という名で親しまれている。山からはたくさんの水が海に注ぎ、海は多様な魚介類が獲れる。越国の支配下にあり、加羅から手に入れた鉄を農民たちの農具に活用する流れが始まっている。農民たちは石川が造った扇状の土地を開墾し、水を引いて田圃にしていた。また海岸付近は石川が形成した砂浜があり、そこに漁民たちが住み着いている。

海の幸と山の幸が豊富に採れるこの地は、そこで暮らす人々の暮らしにも余裕がある。ククリ姫が乙女たちと恋話に現を抜かすのも、このおおらかな環境に拠るところが大きい。農民たちは陸で採れる収穫物を海に運び、漁民たちは海で獲れる魚や塩を農民たちに提供する。そこで自然と交流が生まれ、それぞれ婚姻関係を結ぶ者も出てくる。そして農民や漁民と話をすると、こんなことを言っている。
 
「洪水が起こると、豊漁になる。」
石川はとくに冬季の積雪量が多いために春先には頻繁に洪水が発生する。この雪解け水にはどうやらたくさんの栄養分が入っているようで、さらに洪水は泥とともに下っていく。一部は平野部に堆積し、これらが海に注ぐと魚が湧くように出てくるのだ。なので、農民も漁民も決して洪水は悪いことではなくて、むしろ豊かな実りを生む要因と捉えている。

ククリ姫は今日も、住民たちの家々を巡って話を聞いている。石川流域の平地には多くの農民が住んでおり、暮らしぶりもそれぞれだ。いろいろな家族に会っていくうちに、その豊かさには差があることに気が付いた。ただ愚直に農耕を続けているものは貧しく、漁民たちと交易して様々な物品を手に入れる者が富むという構造が出来上がってきているのだ。

この地域は定常的に収穫が期待でき、農民たちが集まってくる。そこに種もみや鉄の農具を貸し付けて収穫の半分ほどをもらい受けるようなやり方をする者まで現れている。持てる者が富み、持たざる者が貧しくなる格差の構造は、年を経る毎に拡大しているように思える。
 
「わたしを幸せにしてくれる殿方はどこにいるのかしら」
ククリ姫としては、やはり豊かな家に嫁ぎたい。自らの生活の安定はもちろん、子々孫々まで繁栄するならばやはり富を蓄積していくしかない。そのためには自らの器量をもっと高めて、素敵な殿方に振り向いてもらう必要がある。事実、ククリ姫の美貌は近隣諸国にまで知れ渡るようになっており、縁談申込みの引き合いも増えてきている。

数多くの従者を引き連れる者、煌びやかな装飾具を贈る者、立派な馬に乗る者、、たくさんの男たちがククリ姫のもとに求婚にやってきた。果たして誰が自らを最も幸せにしてくれるのか、ククリ姫にとってはうれしい悩みが重くのしかかってくる。
 
「どうして木をそのようなところに植えているのですか。」
ある日、ククリ姫は石川の河畔で木を植えている杣人と出会った。不思議な雰囲気のする青年で、上流域から杉や桜など、根張りの強い樹種の苗木を山から選び、河畔に植えているという。石川流域の住民にとって洪水は必ず発生するものであり、このような毎年浸水するような場所にどうして木を植えるのか、ククリ姫は疑問を青年にぶつけてみた。
 
「洪水と水害は違うのです。」
青年は落ち着いた口調で答える。曰く、洪水という自然現象の発生は抑えることはできないが、水害という人々の暮らしに対する被害を抑えることはできるのだと。河畔に木を植えるのも、ここに林をつくることで浸水する範囲を狭めて水の勢いを殺すためなのだ。河畔林のある場所の土は流出しにくくなり浸水も抑えられる。さらにこの河畔を越える洪水が発生しても木々が流れを止めて緩やかになるため、被害が少なくなるのだ。この木々を長い間かけて育てていくことが、いつしか石川流域の豊かさとなる。
 
「なんて賢い人なのでしょう。」
ククリ姫はこの青年に強烈に惹かれるようになった。ククリ姫がこれまで求めていた豊かさとは、多くの財産を持ち、たくさんの従者を引き連れているといった目に見える富だった。いつしか木を植える行為を手伝いながら、様々な話を聞く。平地の男たちとは違い、この物静かな青年は自然をじっくりと観察しながら、その力を利用しつつ将来的な脅威を減らしていく目に見えない知恵に持っているのだ。ククリ姫の求める平穏な暮らしはここにあった。
 
しかし彼は杣人であり、平地に住むククリ姫とは身分や立場が異なる。道ならぬ恋にククリ姫の心は大きく燃え上がっている。ククリ姫は青年と手を取り、永遠の愛を誓い合った。それから二人の姿を見た者はいない。
 
ククリ姫の悲恋から、この川は手取川と呼ばれるようになった。

第五話:九頭竜川の暴れオロチ

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