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猫の本棚

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#読書感想文

なぜ女性不在の政治が続くのか?『女性のいない民主主義』

自民党総裁選とその後に続く衆院選で政治は一色となっています。選挙とは競争であり、権力を得るためには闘争して勝たなければなりません。このフォーマット自体が実は男性的であり、女性が参画するにはハードルが高いです。 女性に露骨にマウンティングする高齢政治家「マンスプレイニング」という言葉があります。女性は無知で無能な存在なので説教しなければならないと勘違いしているおっさんのことです。同様に「マンタラプション」という女性の発言をさえぎりまくるおっさんもいます。いずれにしても、高齢政

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あなたの人生を奪う時間泥棒は誰か?ニュースを減らす選択

今日の新聞一面見出しは、自民党総裁選に向けた政局と皇室スキャンダルの顛末という、恐らくは私の人生に1mmも影響を与えない内容でした。にもかかわらず、私たちはこういったニュースを一大事と捉え熱狂し、SNSなどではいろいろ議論していたりします。 ネットがニュース流通を加速させた現代人が一日に触れる情報量は、中世の人が一生かかって知る情報量よりも多い、とはよく言われることです。インターネットはこの情報流通と速度を加速させ、地球の裏側の出来事も瞬時に知ることができる時代になって久し

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『ザリガニの鳴くところ』からアメリカ大統領選挙を読み解く

現在、アメリカ大統領選挙の真っただ中であり、トランプ大統領の再選か、あるいはバイデン候補が政権を奪取するのかに注目が集まっています。鍵を握るのは「ホワイト・トラッシュ」と呼ばれる白人労働者階級であり、そのほとんどはトランプ大統領を支持していると言われています。 反ソ⇒反日⇒反中の系譜白人労働者階級は古くはヒルビリーと呼ばれ、工業地帯であった中部を中心に保守層を形成してきました。『ヒルビリーエレジー』という本にその暮らしぶりは詳しく載っています。ベトナム戦争後のカウンターカル

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不思議の国・日本を旅した英国人

イザベラ・バードという英国人女性をご存じでしょうか?明治時代の1878年、西南戦争が起こった翌年に日本にやってきて、東北~北海道に至る奥地を旅した冒険家です。当時の日本の様子を脚色なく表現した内容は、日本人こそが知るべき隠された歴史と言えるでしょう。 賊軍の地として虐げられた東北地方イザベラ・バードは文明開化に沸き立つ横浜に上陸後、東京を経て日光に向かいます。日光には2週間程度逗留し、東照宮や中禅寺湖、奥日光の景勝地を巡っています。バードが宿泊したのは現在の金谷ホテルの前身

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北条早雲を大河ドラマにしてほしい

日本三大梟雄といえば、北条早雲・斎藤道三・松永久秀と言われています。うち、斉藤道三と松永久秀は今年の大河ドラマ『麒麟がくる』で登場しており、悪人とは言えないような人間味溢れるイメージで魅力的なキャラクターに仕上がっています。 捏造された乱世の梟雄イメージ斎藤道三にしても松永久秀にしても、後世に創作された軍記物などの影響で悪役として描かれており、それらが近年の古文書研究が進むにしたがって違った実像が明らかになってきています。大河ドラマもこれら時代考証を基にしてシナリオがつくら

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応仁の乱の勝者とは誰か

ゴールデンウィークはひたすら来るべき乱世に向けて、歴史から学ぶべく読書をしていました。そして、乱世と言えばこの本を取り上げないわけにはいきません。 曖昧な東軍と西軍の境界応仁の乱は、1467年から京都を中心に11年も続いた大乱です。よく、京都の人が「先の戦争で~」と言うときは応仁の乱のことを指すといった笑い話がありますが、実際に京都市中が戦場となったのは後にも先にもこの応仁の乱だけでしょう。細川勝元を中心とした東軍と山名宗全を中心とした西軍が、畠山氏や斯波氏の内紛や将軍家の

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武田氏はどうして滅びたのか

戦国最強の大名として知られる武田氏は、1582年に織田軍の侵攻を受けて滅ぼされます。名将・信玄の後を継いだ勝頼は愚将という扱いをされてきましたが、近年になって再評価される動きもあります。実際に勝頼の代においては、甲斐・信濃に加えて駿河や上野までも版図に加え最大の勢力を誇っていました。 長篠の戦いは鉄砲の勝利だった?武田氏が滅亡に至るプロセスについては、大きく3つのエピソードが関係しています。まずは長篠の戦い、これは武田騎馬隊が織田徳川鉄砲隊に負けた、旧来の武家が足軽に敗れた

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真田幸村という武将は存在しない

真田幸村と言えば、豊臣家に最期まで仕えた悲運の武将として人気です。しかし、厳密にいえば幸村という名を使った事実はなくて、真田信繁という正式名があります。父・昌幸とともに、徳川家を苦しめた真田家の武勇はいかにして伝えられてきたのでしょうか。 ほとんど上方住まいだった真田信繁信繁が誕生したのは、1567年から1570年と言われています。初陣は1585年の第一次上田合戦とも、1589年の小田原征伐とも言われています。この辺りの幼少期は資料が乏しいために明らかになっておらず、幼い頃

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サピエンス日本上陸

昨年、与那国島に行きました。今思えば、昨年のうちに彼方此方の離島過疎地に行っておいて良かったです。StayHomeの間にこの与那国島が舞台となったドラマ『Dr.コトー診療所』を見直したり、あの独特のゆったりした空気を思い出しています。 日本列島に来るために、海を渡った先祖たち現在読んでいるのは、『サピエンス日本上陸 3万年前の大航海』という本です。我々の先祖であるホモ・サピエンスがいかに日本列島へ到達したのか、太古の昔に海を渡ってきた人々の想いを想像しています。 そう、ホ

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