コミュニティに期待する人々(後編)
前編はコチラ
富山県は北陸にある、雪深い保守王国です。冬場はあまり太陽が顔を出さず、どちらかと言えば地味なイメージのある地域ですが、この富山県のコミュニティに注目が集まっています。大きな戸建て住宅に多世代で同居し、高い共働き率と女性が生涯働ける正社員としての雇用、そして教育投資を惜しまない子育てのしやすさなどによって、富山県を含む北陸地方の幸福度が高いことは、数々の調査で明らかになってきています。
『おおかみこどもの雨と雪』に見る富山の暮らし
富山県は映画『おおかみこどもの雨と雪』の舞台となっており、細田監督が幼少期を過ごした上市町にはモデルとなった家が存在しています。この映画の中に示されるように、富山県は典型的な田舎のコミュニティで、異質な都市部から引っ越してきた主人公たち家族を遠巻きに眺めてあれこれ噂を立て、次第に関係性が出来上がってくると干渉するようになってきます。雨と雪、子どもたちはそのコミュニティにおける関係性の中からそれぞれの道を選択するといった内容になっています。
同じ親の下に生まれ、等しい環境で育ったにも関わらず、兄弟が性格や志向が異なるのはなぜでしょうか?実は最新の研究成果においては先天的な遺伝や家族環境といった要素よりも、後天的に獲得した共同体や教育課程の方がその人間の性質を規定すると考えられています。子どもが思春期に親の言うことを聞かなくなるのも、種としての多様性を維持するために重要な気質ということなのでしょう。
コミュニティにおける原体験が決定的に重要
富山県など北国においては、稲作文化の影響を色濃く残した祭りが残っています。1年の苦労の結晶である実りを集落や仲間たちで喜び、年一度の無礼講で騒ぐといったハレとケの考え方が農村地帯において伝承されてきました。実際、祭りは北に行けば行くほど派手になると言われており、その最たるものが青森のねぶた祭に代表される山車です。
年に数日しかない祭りのために、コミュニティで資金を出し合って立派な山車の装飾を完成させていくプロセスは、子ども時代から参加していると原体験として刷り込まれていきます。大人になって他の地域に転出したとしても祭りのために帰ってくる、あるいは祭りを維持するために仕事を変えて戻ってくるといった人もいるようです。(筆者が訪れた岩手県久慈市の秋祭り。南部地方の三社大祭の影響を色濃く残し、これらの伝統文化はOJTのような形で子どもたちに伝えられていく)
コミュニティ形成には時間がかかる
パットナムの調査において、イタリア北部の方が南部に比べてコミュニティが色濃く残っていたという結果が出ました。封建制が長く維持され、その規範の下に教会や職能に基づいた地域コミュニティが形成されていったそうです。またローマ帝国ではギリシャ人の家庭教師を雇うことがステイタスだったと言われており、文化的に進んだギリシャから様々な文化を学んだと言われています。
つまりコミュニティ形成とは一朝一夕にできるものではなく、ある程度の文化資本を蓄積した上で教育面から多様な価値観を学んでいくプロセスこそが重要だと考えられます。ある一定の利害関係や経済活動において、一時的な集合体はできるかもしれませんが、それがコミュニティとしての信頼関係や相互作用といったソーシャル・キャピタルを持つためには、やはり相応の時間が必要なのでしょう。
コミュニティの肝要はナナメの関係
実際にドイツの市民活動においては、学校の部活動からプロのスポーツリーグまで、教区単位のフェライン(非営利組織)が担うことでコミュニティにおける社会教育体制を担保しています。地域の子どもたちは様々な専門性を持つ大人たちと交流することで、自らの将来や学ぶべきことを明確にしていくわけですね。
日本においても、そのような場づくりは試み始められています。放課後や休日に地域の子どもたちを受け容れるような社会教育を公共施設に持ち込む流れであったり、単身高齢者の自宅に学生が寄宿できるホームシェアハウスといった形で、多世代共生を社会課題解決と組み合わせることによるソーシャルイノベーションの流れができつつあります。
コミュニティの同質性・予定調和を排除できるか
ここまでコミュニティについて述べてきましたが、オンラインコミュニティや趣味の集まりといった集合体では、コミュニティの活力を維持するのが難しいという課題があります。旗振り役がいなくなったり、内輪もめが大きくなると途端に活動が縮小してしまうのは、多様性がないために知らず知らずのうちにコミュニティ内における寛容度が失われてしまうからでしょう。
ある程度実現可能な短期的共通の目標を持ちつつ、中長期的なビジョンを示すようなリーダーが存在し、徒弟制度や家父長制の良い部分と現代的な自由主義や多様性を許容するようなコミュニティをいかに維持していけるのか、多くの地域や組織における課題と言えるでしょう。