ペヤングがジェット湯切りになる時代
たとえば、カップ焼きそばを食べるときに湯切り口の形状がメーカーによってまちまちで、戸惑ったことはありませんか?UFO(日清食品)、ペヤング(まるか食品)、いか焼きそば(エースコック)、、それぞれのメーカーでは、麺をお湯で戻して湯切りするところは一緒ですが、その形状は違います。
UFOの湯切り口は特許になっていて、ちょっと前は「ジェット湯切り」という呼び名で宣伝していました。個人的にはペヤングをよく食べるのですが、湯切り口のツメをいちいち立てるのが面倒です。ツメを立てなければ麺ごと落としてしまうリスクが高く、私も3回ほど失敗したことがあります。
特許技術を公開したテスラ・モーターズ
ペヤングにUFOの湯切り口が搭載されていれば言うことなしなので、日清食品には特許技術を公開してくれることを期待しています。そんな企業戦略を進めているのが、EVを開発し販売するテスラ・モーターズです。
(引用)米電気自動車(EV)メーカーのテスラ・モーターズは12日、特許技術を公開し、同社の技術を利用した企業に対して特許侵害訴訟を提起しない方針を明らかにした。
テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が今月の株主総会で、特許に関する「比較的重大な」発表をする予定であることを明らかにしていた。マスクCEOは、発表が電気自動車の生産に積極的に乗り出す企業が少ない理由に関することで、物議を醸すものであることも示唆していた。
モジュール型産業はオープン・イノベーションの時代
近年、「オープン・イノベーション」という概念がアメリカの新興企業を中心に進められています。かつては技術やノウハウなどは、自社や垂直統合化した関連会社において囲い込むことが競合に対する競争力となりました。しかし技術革新のスピードが早くなり、情報化によって当初に意図していなかった顧客や用途がグローバルに拡がる環境となっています。その環境下では、完璧に出来上がった最終商品を発売するよりも、不完全でもβ版でリリースしてしまい、市場からのフィードバックによって改良していくアプローチの方が有効となっているのです。
現実にテレビやAV機器といった日本のお家芸とされてきた電機業界では、それぞれの部品を研究開発して最高のバランスに摺合せていく職人芸が主流でした。ところが現在ではモジュール化された部品をなるべく人件費の安い国で組み立てる事業モデルが主流となっています。
SONYがウォークマンで音質や他のAV機器との連携などを研究開発していた横で、AppleはiPodという音質ソコソコでもデザイン性に優れた製品をリリースして大ヒットさせました。また実際にブラウン管という、SONYをはじめとした日本の摺合せ技術の粋と呼ばれる産業はモジュール化した液晶テレビへと置き換えられ、日本国内の生産拠点は空洞化していきました。
ブラウン管の摺合せ技術
シャープの亀山工場がiPhone液晶パネルを生産するように、モジュール化した製品の一部を下請け的に製造することで雇用を守っていますが、基本的な商品設計や生産計画などはカリフォルニアのApple本社の指令に拠ります。日本のお家芸だった電機業界は、今やオープン・イノベーションの最先端をいくグローバル企業の下請けに成り下がっているのです。
特許技術を公開することで何が起こるか
昔ながらの日本の電気業界のように、高度な摺合せ技術が国際競争力になっていた時代においては、特許技術を社内にノウハウとして積み上げていくことによって他社に比べて競争優位な技術力を持つことができました。ところが情報化が進み、商品開発の流れが早くなる時代においては、特許出願~登録・公開といったタイムスパンではむしろ取り残されてしまいます。
テスラ・モーターズが商品としているEVは自動車というカテゴリですが、実際には電気製品のようにモーターやセンサなどのモジュールを組み合わせたものです。内燃機関を積んだガソリン車では、エンジンの出力や排気量、足回りなどを摺合せた技術の結晶がものづくりを支えてきましたが、今やこの日本の競争優位性が揺らごうとしています。
もちろん、自動車は人の生命に関わる2万点にも及ぶ部品を組み合わせた摺合せ技術の結晶ですから、一朝一夕にすべてEVに置き換えられるといったことは考えづらいです。それでも、昨今の省エネルギーの潮流によって蓄電池の高性能化と低コスト化は進んでいますし、ガソリン価格の高騰によって相対的な価格差は縮まってきていると言えます。
公開特許技術による互恵的な開発競争を
テスラ・モーターズは特許を公開することによって、EVの普及に弾みがついて充電スタンド普及や充電池の低価格化に繋がって自社の競争優位となることを明確に志向しています。そしてそれは、ユーザーである一般市民にとっても環境負荷の低減やQOLの向上といった恩恵のある取組みでしょう。私にとってもペヤングの焼きそばのフタがUFOと同じになれば、麺を落とすリスクは減りますしメーカー毎の違いに戸惑うことも少なくなります。
いまやアイディアだけでは何の優位性もない時代です。そのアイディアが形となって、自社だけでは思いつかないような用途に拡がっていくオープンイノベーションを目指していくことが、社会にとってもより良い暮らしを形成していく一助となっていくのです。