限界を突破する集落
高知県馬路村に行ってきました。人口900人に満たない小さな山村で、高知県のなかでもとくに辺鄙な場所にあります。高知市中心部からは室戸岬方面に東に車で1時間程度、さらに安田町から30分程度安田川に沿って山道を奥に入ると馬路村の中心地に到達します。
柚子の錬金術によって栄える秘境の村
個人的に、この馬路村と福島県檜枝岐村、宮崎県椎葉村を勝手に日本三大秘境村として憧れています。いずれも山中のどん詰まりに在り、目的を持って訪問しなければ辿り着けない最奥地の小さな村です。平成の大合併でも単独の道を選び、ほとんど米も穫れないために雑穀や果物、それを栽培するための焼畑や薪炭といった自然の恵みを適正に活用する技術を今も色濃く残している地域です。
馬路村では林業が盛んであり、過去には森林鉄道が敷設されて魚梁瀬杉という銘木が出荷されていました。日本三大美林にも数えられる魚梁瀬の森には、昭和はじめには数多くの林業従事者を数え、5,000を超える人口が馬路村に集ったと言います。村内には往時の繁栄を偲ばせる多くの建物が残るとともに、現在は新たな使命を帯びて再活用される場所が数多く見られます。
現在、馬路村の主要産業は柚子の生産とその加工品の製造販売です。約100戸の農家から年間800トンもの柚子が収穫され、それを村内の加工場でジュースやポン酢などの製品がつくられています。実に33億円もの売上げを誇る馬路村農協では約100名の雇用が生み出されており、全国にその名が知れ渡るほどのブランドになっています。
秘境が守られる理由
馬路村のさらに奥には、魚梁瀬ダムという西日本最大級のロックフィルダムが鎮座しています。このダムを建設するために200戸余りの集落が底に沈み、また森林鉄道の線路も埋没しました。時代の要請とはいえ、電気や水道といった公共インフラの安定供給のために集落を人為的に消滅させるという手法は隔世の感があります。このダムを建設するに当り、馬路村には舗装道路が敷設され莫大な固定資産税収入が村財政を安定させることに寄与しています。
馬路村に限らず多くの河川上流域に位置する山村においては、発電や治水のためにダムが建設されています。近代化の象徴的なダムが山村を守るのは皮肉なことですが、それによって下流域では安定的に電気や水道を利活用することが可能となり、工業生産や集約的農業といった産業振興によって安定雇用が生まれます。そこに山村から人々が流出することによって、資本主義下における経済が拡大していきます。山村はこの経済の還流を受けながら、エアポケットのようにその伝統文化や生活の知恵を温存していくことになります。
実際に馬路村でも、柚子の加工で基幹産業が生まれるとともに、名産品の魚梁瀬杉を活用したデザイン性の高い木工品の開発といった新たな動きが始まっています。昔ながらの地域の伝統と新しい需要創造が組み合わさった温故知新な取組みにより、馬路村には20代後半から30代前半にかけての移住者が増加しています。
衰退する地域と生き残る地域の違いとは
馬路村のように、昭和〜平成の激動を自らの意思で渡り歩いてきた地域は稀有な存在です。大半の地域は国や県の意向を伺い、市町村合併や補助金のメニューによる政策決定を委ねています。他方で自らの運命を自己決定し、そのために不断の努力をし続ける自治体にとっては、国や県が何を言おうと使えるものは使い、使えないものは使えないというスタンスを貫けば良いということになります。
消滅自治体というショックが日本全国を駆け巡り、地方創生の大号令のもと様々な取組みが各地で進められています。果たしてそこにどれだけの地域独自の意思決定が存在しているのでしょうか。馬路村のように、自らの運命を自己決定できる胆力のある地域こそ、変化する時代を受け容れつつもしたたかに自らが変化する活力を持ち続けることでしょう。