正義vs正義〜和歌山イルカ漁のその後
映画『おクジラさま』を観ました。紀伊半島最南端部に位置する和歌山県太地町という小さな漁村が舞台で、400年以上続いているイルカ漁がテーマになっています。この地ではイルカをクジラと呼び、戦後食糧難の時代も捕鯨によって乗り切ってきたという歴史を持っています。
この映画は1人の外国人移住者の視点が中心となって展開されます。環境活動家ではなく日本の伝統文化に興味を持つ外国人として、地元住民の信頼を勝ち取ろうと様々な取組みを支援し、飲み会では一緒に鯨肉を食べるといった姿を通じて、この小さな町で起こった異様な出来事が浮き彫りになっていきます。
イルカ漁の現実を捉えた問題作『ザ・コーヴ』
2009年にアメリカで1本の映画が公開されました。太地町でのイルカ追い込み漁の実態を映像化し、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した『ザ・コーヴ』です。これによって一躍太地町の名は世界に知れ渡り、シー・シェパードを始めとした環境活動家が日本に押し寄せることになります。
日本の伝統的な食文化を守るのか、それとも自然環境に生きる動物の命を守るのか。それぞれの正義がぶつかり合って、2010年はまさに一触即発の雰囲気が地元漁師とシー・シェパードの間で繰り広げられました。
罵りながらビデオで撮影し、悪魔・鬼という表現で漁師たちの野蛮さを海外に伝えようとする外国人たちの行為に対して、当初は反発していた地元漁師たちも次第に無視するようになります。そこになぜか日本の右翼団体が仲介に入り、地元代表とシー・シェパード側で話し合いの席を持つことになります。
環境活動家の国外退去と、売れなくなったイルカ肉
その後、日本の公安によってブラックリストに登録された環境活動家は、空港で入国拒否されるといった形で太地町にやってくることはなくなります。『ザ・コーヴ』の監督もパスポート不携帯の罪で逮捕されるなど、日本の法律と刑罰が太地町の穏やかな暮らしを守るようになります。
一方でイルカ肉は、水銀やPCBが検出される等の風評被害によって消費が低迷します。最盛期には一頭当り30-50万円の価格で取引されていたイルカ肉は、今では数万円まで下落しており漁師たちの生活も持続不可能に陥っています。現在の主な収入源は海外の水族館などへの生体販売となっており、このことが新たな火種として燻り続けています。
「伝統文化を守れ」という言論と実際
これらシー・シェパードの過激な活動に反対する形で、日本国内でも伝統的なイルカ漁を守ろうといった言論が盛んに喧伝されました。しかし、実際のところイルカ肉の消費が伸びるわけでもなく、地元漁師にとっては責任と期待ばかりが重荷となり仕事として継続できる見通しが立っていません。
イルカ漁に限らず、日本の地域において様々な取組みが行なわれる上での構造的な課題として、伝統文化としての食や祭り、芸能といった活動を守るべきという声は聞こえても、それが実際の経済性を伴っているわけではないことが挙げられます。現場の努力や忍耐に依存して、自らは一時的な関与と正義を発露するといった、ファッション的な消費こそが地域を疲弊させているのではないでしょうか。
クジラと共生するまちへの進化
太地町では、現在「森浦湾鯨の海構想」を掲げ、クジラやイルカを湾内で飼育しながら観光や学術研究の資源として活用する計画を進めています。地元漁師たちの仕事を守りながら、もはや採算の合わなくなったイルカ漁をどのように後世に伝えていけばよいのでしょうか。クジラとともに発展・生活してきた漁村は、紆余曲折を経て生まれ変わろうとしています。