あの日、諦めずにアフリカを出た先祖がいた。
私たち人類は、ホモ・サピエンスという種族です。近縁にはネアンデルタール人やデニソワ人など、すでに絶滅したけど人類の遺伝子に数%ほど交雑している亜種も存在します。そして我らが祖先であるホモ・サピエンスは、アフリカが起源であることが分かっています。
一度目の“出アフリカ”は失敗していた
アフリカ大陸で誕生した人類は、ユーラシア大陸への進出を試みます。現在でも同様ですがアフリカ大陸からユーラシア大陸に出るためには、エジプト北部のスエズを通るか、紅海の入口にあるバブ・エル・マンデブ海峡を舟で渡るしかありません。最初の出アフリカは12~18万年前と考えられ、断続的に地中海沿岸のレバント地方に進出していったと考えられます。当時は舟をつくる技術はなかったため、北部ルートが有力視されています。
この最初の出アフリカでは、約8万年前ほどまで10万年間はこのレバント地方でネアンデルタール人など他の人類と共存していた形跡が存在します。ホモ・サピエンスよりも脳交容量が大きく筋力にも優れたネアンデルタール人は狩猟採集の能力も高く、次第に競合したり交雑していきながら、ホモ・サピエンスは姿を消していったのです。
一方のネアンデルタール人は、ユーラシア大陸を横断しながら中国・ヨーロッパへと進出することに成功します。東方には恐らく東南アジアルートを通り、すでに進出していたジャワ原人や北京原人などホモ・エレクトスを駆逐しながら広がったものと考えられます。
他の人類を滅ぼす二度目の“出アフリカ”
その後も断続的にレバント地方などには進出していったとみられるホモ・サピエンスですが、約1万3千年前に大きな気候変動が起こります。ヤンガードリアス期と呼ばれる、1300年程度継続した急激な気候寒冷化の時代が訪れると、その変化に適応する人類が現れます。
1つは磨製石器の開発です。これまでは石を割ったり叩くことで成形する打製石器が主流でしたが、砥石を使って研磨する技術を獲得した人類が現れたことで、微細な加工や骨角器のような動物の骨や貝など材料とした装身具が登場しました。また寒冷化によって生息地を南下させたオオカミと出逢い、家畜化されたイヌを狩猟に使えるようになったと言われます。
この磨製石器によって舟のような交通手段の開発も可能になったと考えられ、寒冷化によって水位の下がった紅海からアラビア半島沿岸を東に向かう海上ルートの探検もできるようになったのです。それによってインドや東南アジアまでホモ・サピエンスが到達し、大陸が分かれる前に住んでいた原人たちを駆逐しながら広がっていくことになります。
もう1つの大きな転機が、農耕の開始です。これは出アフリカした先にレバント地方という肥沃かつ、隣にメソポタミアのような定期的に河川が氾濫して栄養分が供給される土地があった奇跡によってホモ・サピエンスの人口が爆発的に増加する地政的なメリットがありました。この農耕生活によって、ネアンデルタール人のような狩猟採集民を追いやり吸収していったのです。
150人の人類の群れを統率する物語
狩猟採集民としての人類は、150~200人を上限とした群れを形成して非定住的に獲物や収穫物を探してさまよっていたと考えられます。農耕社会において定住生活が始まり、そこでこのダンパー数と呼ばれる人類が認知できる群れの上限を超える数の人口を統率するために、宗教や戒律のようなルールを設定する必要性に迫られました。
まだ文字や紙のない時代において、言語で語られたのが神々の物語であり、教訓めいた話や歴史文化の伝承をこのフォーマットで次々に伝えていくことで、人類はその群れの規模を生物的に認知できる範囲以上に広げられたのです。そして言語こそが広域でのネットワーク化を可能とし、交易や婚姻による非闘争的な発展を可能としていったと言われています。
気候変動こそが人類を進化させる
これら人類の歴史を振り返ると、急激な寒冷化や温暖化といった気候変動こそが転機となって様々な文明を滅ぼし勃興させていった事実に突き当ります。ローマ帝国が滅亡した理由は、寒冷化によって牧草が減ったユーラシアの遊牧民族であるフン族がヨーロッパに進出し、押し出されたゲルマン民族が南下したためであると言われています。
同様にチンギス・ハーンによるモンゴル帝国の覇権や、黒死病と呼ばれるペストの流行といった民族間の争いや疫病といった人類の存亡を左右する現象は、ほぼ気候変動を理由に発生することが分かってきています。むしろ人口の増減については、気候変動よりもこれら副次的要因の方が大きく寄与するため、今後の世界情勢の不安定化こそが課題と言えるでしょう。
そして現在の局地的な高温化や乾燥化については、二酸化炭素等の温室効果ガス起因による地球温暖化というよりも、太陽の黒点活動の減少やミランコビッチ・サイクルと呼ばれる地球の自転軸の変化による太陽入射角の変動が原因とも考えれ、複合的要因として捉える必要があります。もちろん、気候変動を緩和する対策も重要ですが、この環境条件の変化に適応していく考え方ももっと研究していきたいですね。