「国境線」はどう定まるのか
最近、ハマっている本があります。その名も『世界飛び地大全』、世界各地にある“飛び地”について、形成された歴史的経緯や地理的な要因などが解説されています。Kindleで読みながら、タブレットのGoogleEarthでその地域の航空地図を眺めるといった楽しみ方が今ではできてしまうんです。
世界でもっとも巨大で有名な飛び地と言えば、アメリカ合衆国アラスカ州でしょう。1867年にロシアから720万ドルで購入され、世界最大の買い物と呼ばれました。その後、アラスカ州では石油や鉱物といった地下資源が見つかり、東西冷戦の前線基地が置かれたりと、アメリカにとってみれば非常に安い買い物であったと言われています。
インド洋を股にかけた海洋王国オマーン
飛び地の歴史を遡っていくと、自然と世界史の勉強にもなります。たとえばオマーンという国は、中東の端っこの方にある程度の認識だったのですが、18-19世紀にかけて中東からアフリカのインド洋沿岸を支配した海洋王国だったという事実を初めて知りました。そこからイギリスとの戦争に敗れて保護国となり、群雄割拠する首長国に分裂していったとあります。その名残で、ムサンダム半島の先にオマーンの飛び地があるのですね。
同様にアンゴラにカビンダという、コンゴ川を挟んだ反対側に飛び地が存在するのも、フランスやポルトガル、そしてベルギーといった欧州列強が植民地政策を進める上で、コンゴ川河口が戦略拠点となった名残であることが示されます。その後のコンゴ動乱などの内戦についても、記憶に新しいところです。
中東の国境線を決めたヨーロッパ列強
さて最近話題の中東情勢、とくにイスラム国なる集団が勃興していますが、彼らはシリアやイラクといった国境線を越えて活動しているとみられています。そもそも中東諸国の国境線は、第一次世界大戦中にオスマン帝国の解体を画策したイギリス・フランス・ロシアによるサイクス・ピコ協定という密約によって、分割統治が進められたところに起源を発します。民族や宗教といったまとまりを無視して、列強の都合だけで国境線が引かれた結果、中東各地の国境線は不自然なまでに直線になっています。
日本も無縁ではない国境紛争
近年ではスーダンと南スーダン、あるいはエチオピアとエリトリアの国境紛争が起きており、アフリカ地域では依然として国境線を巡る火種が燻っています。アジア地域でも、とくに中国はロシア、インド、ベトナム、フィリピンなど周辺各国との領土問題を抱えています。日本では尖閣諸島周辺で、中国船籍の漁船と日本の海上保安庁の巡視船が衝突するといった事件が起こっています(尖閣諸島については、領土問題は存在しないというのが日本のスタンスです)。
日本においてもっとも大きな領土問題と言えるのは、北方領土問題でしょう。戦後すでに70年間ソ連~ロシアに実効支配されており、現実問題として終戦時に約1万7千人居住していた元島民は強制退去させられ、語り部も高齢化が進んでいます。もちろん日本の固有の領土として返還交渉を続けることは重要でしょうが、現実的には過疎化が進む北海道東部のさらに離島地域を返還されたところで、いまの日本社会では有効活用が難しいのではないかと感じます。
国境線は民族、戦争、利害で決まる
このように、国境線は元来の農耕社会の定住化に始まり、そこから封建社会が生まれ、王国などが発生していったところに起源があります。さらに大航海時代や産業革命を経て帝国主義の時代を迎えると、軍事力を背景に欧米列強が戦争によって国土を獲得していくようになりました。現在はその帝国主義時代の国境線を踏襲しつつも、民族によるアイデンティティや国際的な利害関係によって、局地的に国境線が変わっているような状況です。
“飛び地”はまさに国際的な利害関係によって生まれた産物と言え、その歴史を掘り下げることで様々な事情や国家間の思惑が見えてきます。日本という島国においてはなかなか国境というものを意識するのは難しいかもしれませんが、現実にそこに暮らす人々にとっては死活問題であることも知っておく必要があります。
たとえばパレスチナのガザ地区という“飛び地”は、周囲をイスラエル軍が完全封鎖しており、日常的な物資も不足している現状です。国外に出ることもできず、仕事も満足に存在しない地域において、住民は武力行使に脅えています。また地中海に浮かぶキプロス島では、ギリシャ系住民が多数派を占めるキプロス共和国と、トルコ系住民が多数派の北キプロス・トルコ共和国が国連平和維持軍の定めたグリーンラインを隔てて、今なお小さな島が分裂したままです。
ガザ地区にしても、キプロスのグリーンラインにしても、GoogleEarthの航空写真から見ると、国境線を壁や鉄条網などで区切られているのが確認できます。“飛び地”という一種異様な国境線を通じて、国際関係が垣間見えてきます。一方でロシアの“飛び地”カリーニングラードのように、広大な干潟を埋め立てているのも確認できます。いずれにしても、“飛び地”をきっかけにして世界中を飛び回ってみるのも面白いですよ。