金足農に見る、地方創生の真価
高校野球、今年の夏の甲子園で台風の目になっているのは、秋田県代表の県立金足農業高校です。公立高校、全選手が地元出身、県大会からナインがフル出場という昔ながらの雑草集団が、都市部のセレクションで集められたエリート私立校を打ち破っていく快挙に、地方の星と盛り上がりを見せています。とくに終盤に逆転ホームランやサヨナラスクイズといった、劇的な勝ち方をしていることもあり、多くの高校野球ファンがその快進撃に驚いています。
なかでもエース吉田輝星投手は県大会から一人でマウンドを守り続け、ドラフトでも上位指名が確実と言われています。1試合平均150球以上投げる疲労が心配されるなか、自慢のストレートで三振の山を築く様は高校野球から離れていた人をも呼び戻すような魅力に溢れています。
秋田の星から東北の星へ
もともとは一つの地方校としてあまり注目度の高くなかった金足農ですが、勝ち進むにしたがって秋田県出身者だけではなく東北出身者の期待を背負うようになります。100回を数える全国高校野球選手権大会において、東北勢が優勝したことはありません。優勝旗を持って白河の関を越えることが、東北出身者にとっての悲願であり、明治維新から150年という節目でもある今大会において、金足農に注目が集まっているのです。
昔は冬季には雪で屋外練習ができない北国は、スポーツで不利であるというのが定説でした。近年ではウェイトトレーニングや理論的で効率化された練習内容が進歩しており、地理的な条件を補って余りある成果が現れ始めています。ダルビッシュ有、田中将大、菊池雄星、大谷翔平といったメジャークラスの超一流選手を輩出するようになった北の地は、今では強豪校がひしめいています。
地元の子どもたちの挑戦を地域全体で応援すること
それでも今年の金足農の躍進は異質な現象であると感じます。野球というスポーツの範疇から外れ、判官贔屓や浪花節といった日本人の琴線に触れるような友情・信頼・熱血エピソードに溢れるチームとして、金足農の野球は現実がマンガを超えたような状況になりつつあります。
越境して野球留学するのが当たり前な昨今において、チーム全員が地元出身で中学時代から一緒に野球をしてきて、全員がお互いを信頼してそれぞれのポジションでの役割を全うするための練習を行なってきたというストーリーは、それらを見守ってきた両親や地元住民たちとの絆も相まって深い感動を呼び起こしています。
野球のように勝ち負けのハッキリしているスポーツで、地元の子どもたちが都市部のエリートたちを相手に勝ち続けるのは一種のカタルシスを生みます。もちろん、対戦相手の選手たちへのリスペクトも忘れることなく、お互いフェアプレーを心掛ける姿勢こそが観る人々にとっての高校野球の魅力に繋がっているのは言うまでもありません。
未来ある次世代に地域を託す
地方創生とは本来、その地域に対するアイデンティティを呼び起こし、誇りを取り戻して持続可能な社会を築くための次世代への投資をしていくことに価値があります。それが金太郎飴のような全国一律の都市開発や、人口増減に一喜一憂する移住定住施策、シルバー民主主義と揶揄される高齢者重視の行政予算など逆回転とも言えるやり方が横行していることに問題があります。
もちろんこの地域性が、排他閉鎖的なコミュニティであったりなかなか変わらない保守的な風習といった部分に繋がっていることも事実です。それでも、若者たちが存分に活躍できるための教育環境を用意することは、誰も否定できない正義でしょう。金足農の選手たちの爽やかな活躍を通して、本質とはかくもシンプルなことなのだと改めて感じた次第です。