虚構と現実のシェアードユニバース 映画『ラストマイル』評
映画『ラストマイル』を観ました。塚原あゆ子監督、野木亜紀子脚本、新井順子プロデューサーという黄金タッグは、『アンナチュラル』『MIU404』とテレビドラマでヒットを飛ばしてきました。今回の映画は、巨大ECサイトの裏側の流通網が舞台であり、満島ひかりさん演じるエレナと岡田将生さん演じるコウという主人公に、『MIU404』『アンナチュラル』の登場人物たちが絡む“シェアードユニバース”作品として話題になっています。
あなたも私も加担している、ラストマイルの問題
今回の映画のモデルとなっているのは言わずもがなAmazonであり、その巨大な物流網を支えるセンターが中心となり、そこから配送を担う宅配事業者と末端の配達ドライバーという下流に行くにしたがって、コスト面や労務面、安全面といった様々なしわ寄せが増幅していく構図が描かれています。
消費者が気軽にポチった商品が翌日に届くのは非常に便利な反面、不在配達の増加や2024年問題と呼ばれるドライバーの過重労働という社会問題に切り込むのは、さすが野木亜紀子さんの脚本だと言えます。巨大流通網で起こる連続爆破テロ事件は、ブラックフライデーという最も消費が集中する機会を狙って引き起こされ、日本中がパニックに陥ります。
満島ひかりの“猫の目”と岡田将生の“魚の目”
満島ひかりさん演じるエレナは、デイリーファスト西武蔵野センターに着任した新任センター長として、いきなりこの爆破テロ事件に直面します。持ち前の強気な姿勢と周到な交渉術によって流通を止めない、企業としての利益を守る姿勢を堅持します。そんなアメリカライクなビジネスパーソンとしての彼女が、だんだんと別の顔を覗かせていくというのが本作のキーポイントとなります。
他方で岡田将生さん演じるコウは入社2年目でマネージャーに抜擢されるなど、有能なのですがあまり自分自身の意思を感じない人物として描かれています。エレナの突飛な提案や指示に振り回されつつも、上司の言うことには異を唱えずにセンター中を駆け回る彼の姿は、日本型のモーレツ労働者的な価値観を体現していると言えます。
この2人の対比的な主演がしっかりと存在感を発揮していることで、綾野剛・星野源らのMIU404組と石原さとみ・井浦新らのアンナチュラル組というすでに世界観の組み上がった強キャラたちが脇役として登場してきても、物語のフォーカスがブレることなく進んでいきます。
シェアードユニバースする必要があったのか
そうすると逆に、『MIU404』や『アンナチュラル』のような作品と世界観を繋がらせる必要があったのか?という疑問が出てきます。確かに爆破事件での警察の初動捜査に機捜が登場するのは当たり前ですし、事件の真犯人を見つけるプロセスにおいてUDIが原因究明するというのも理解できます。
しかし、これら世界観を繋げたことによって削ぎ落された部分もあります。それはハラスメントや格差のようなこの制作者たちがこれらドラマで再三取り上げてきたテーマです。グローバル企業の日本子会社という立場であればよりパワハラ的な描写があっても良いし、有能な若い女性管理職を主役にするのであれば古い日本の流通業界でセクハラされるようなエピソードも追加できたはずです。
本来であればこの映画の根幹のテーマを強化するであろう要素が欠落し、他の世界観が“混入”した結果、エンディングに向かってカタルシスを得るまでのスピードに唐突感が出た印象がありますし、主演たちがどうしてそんな動きをするのだろうか?という心情変化の理由が浅くなったと思いました。
もちろん、シェアードユニバースによって『MIU404』『アンナチュラル』のファンを取り込む意図があったと思いますし、逆にこの映画をきっかけにこれらドラマを観返す動きも出てきています。興行的にはさらにこのような関連作品と登場人物たちを結び付ける映画は増えていくのでしょう。
事件は解決しても構造は解決しない
映画では連続爆破事件の真犯人が明らかになり、巨大流通網のそれぞれの人々が懸命の努力によって持ち場を守る様子が描写されています。それらの解像度の高さはさすがと思いますし、末端のラストマイルの配達員であっても仕事に対する矜持を忘れないという何とも日本人的な感覚が重要だというのは、観客にとっても気持ちの良いストーリーです。
一方で流通を止めないことでこの巨大流通網の構造は維持され、グローバル企業と消費者を結ぶ間の葛藤や疲弊といった問題は何ら解決していません。登場人物たちが賞賛され罰を受けようとも、別の人間がやってきてこのシステムを絶え間なく回し続けていくのは自明でしょう。
実際にAmazonは、アマゾンジャパンという日本法人を設立してそこから国に法人税を納付していると主張していますが、実際のところ利益額の大半をアメリカ本国に吸い上げることで日本法人が支払う法人税を極小化しているといった指摘もあります。
タイトルの『ラストマイル』には、最後に配達員が届ける場という意味があります。そしてその対象は消費者一人ひとりであり、私たち自身が変わらなければこの巨大な構造はずっと維持されていくことでしょう。