古き良きアメリカ≒プラグマティズムの終焉
アメリカ大統領選挙が実施され、共和党候補のトランプ前大統領が勝利しました。「Make Amrica Great Again」という言葉を連呼し、インフレによる物価高騰や貧富の格差拡大に苦しむ中間層の投票を集めた格好です。
一方で敗れた民主党候補のハリス氏は、むしろ自滅していったという印象です。貧富の格差に対する不満が高まっているのにテイラー・スウィフトやレディー・ガガといったセレブが登場して支持を表明し、多くの国民たちが望む経済対策については具体策が乏しいといった形で、有権者の支持を失っていきました。
ただしトランプ政権の発足に当たっては、茨の道が用意されていると考えた方が良いでしょう。トランプ大統領が掲げた減税策や、輸入関税の引き上げと国内産業の保護といった政策は、思惑とは異なってインフレをさらにひどくさせる原因となりかねません。そして企業経営者は優遇されても、それらが労働者の賃金や待遇に反映されるわけではないことはトランプ前政権時にも明らかになっていました。
「自由の国アメリカ」を形成したプラグマティズム
プラグマティズムとは、聞き慣れない言葉かもしれません。20世紀初頭、南北戦争が終わって分断をいかに超克していくかという国家的課題に直面したアメリカ合衆国が採用した哲学であり、日本語では「実用主義」や「行動主義」といった形で訳されます。つまり18世紀に建国され19世紀後半にようやく内戦が終わって国家としてのまとまりが出てきた、歴史の浅い多民族国家をいかに統合していく価値観を形成できるかが鍵でした。
生まれた家や宗教の戒律によって縛られたヨーロッパから解放され、能力と努力次第でいくらでも豊かになれる新大陸アメリカというイメージは、この20世紀前半にプラグマティズムが浸透したことによってもたらされたと言えます。宗教的な良し悪しではなく科学的裏付けを以って技術を実装していく、すべての国民に対して平等な教育を施して機会の均等を守ることで均質かつ優秀な労働力を供給する、一部の特権階級が支配するのではなく民主的に選ばれた為政者が国家を統治するといった、現在のアメリカ合衆国を構成する資本主義や民主主義の強さがこの時代に実現していったと言えます。
哲学を現実社会に役立てるという考え方
プラグマティズムの何が目新しいかといえば、古来より様々な哲学者や賢人たちが喧々諤々に議論してきた理論を現実の課題や社会形成に結び付けていることです。つまり「役に立つ」かどうかが判断基準の前提として存在し、そこから現実社会にフィットさせながら哲学の浸透や価値観の変容を進めていく、修正を前提とした現実解として様々な知識を取り入れる様にあります。
ある意味ベンチャー的でもあり、拠って立つ歴史や民族的蓄積の存在しなかったアメリカ合衆国にとって都合の良いアプローチであったため、短期間のうちに世界中から数多くの移民を集め、産業革命と化石燃料による科学技術を実装しながら20世紀初頭には世界有数の国家として君臨します。そして21世紀現在においても、このような誰にでもチャンスがあって時代の最先端が実現できる夢の場所としての幻想を伴ったアメリカン・ドリームが、実は化石のように国家の存在価値として残っている矛盾があります。
移民たちを襲う容赦ない現実がトランプを呼んだ
これらアメリカン・ドリームという幻想を追って、多くの移民たちがアメリカに流入し続けています。今回の大統領選挙でも、トランプ陣営からは差別される対象であったアフリカ系や中南米系の有権者が率先してトランプ氏に投票しています。レイシズムに目を瞑り政治的な刷新を期待して、剛腕のトランプ大統領がアメリカ経済を好転させてくれると信じているのでしょう。
そしてこの集団幻想によって利を得るのは誰になるのでしょうか。正直なところ、ホワイトハウスの意向が通じるのは主に外交・軍事面の政策に限られ、経済対策は州政府や中央銀行といった各機関に委ねられます。アメリカ中心の保護主義が進めば、中国やロシアといった対抗勢力に利する方向で国際情勢は変化していくでしょうし、ウクライナ情勢はアメリカの軍事支援がなくなって即時停戦、中国は在日・在韓米軍の出方を睨みつつ台湾に対する軍事的圧力を強めていくことでしょう。
21世紀に求められるプラグマティズムとは何か
アメリカという国家が黎明期にプラグマティズムを導入して成功したように、時代が遷ろうタイミングにきている国際社会においてもプラグマティズムは有効な考え方となり得ます。そして参照すべきは哲学だけではなく、科学や道徳、福祉や環境といった多岐にわたる分野に及びます。従来のアカデミズムが持っていた研究成果や学会内での閉じられた議論を、より社会全体に活かすためにプラグマティズムのアプローチで捉え直す必要があるでしょう。
とくに日本では、世界に先駆けて高齢化が進み課題先進国という言葉が出てきて久しいです。そんな日本が国際的に生き残る道としては、課題に対して適正な技術や法令、価値観をいち早く実装して浸透させていくプラグマティズム国家としての立ち位置となることでしょう。いまの日本の政治状況をみると絶望的な気持ちにもなりますが、明治維新にしろ戦後復興にしろ日本が大きな社会変革を成し遂げた際には、プラグマティズムな動きが必ずありました。アメリカがその役割を放棄した今、日本こそが世界をリードする立場になれる千載一遇のチャンスなのです。