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『百姓伝記』にみる溢れさせる治水

『百姓伝記』という、江戸時代に編纂された農書があります。主に東海地方の農業に関するノウハウや知恵が書かれている中で、第7集が異彩を放っています。「防水集」というテーマで治水技術について細かくまとめられており、土木の視点、防災の視点、利水の視点など様々な観点から水という資源との向き合い方が述べられています。

20世紀の治水は川を制御する志向

記憶に新しい2019年台風19号の被害では、長野県を流れる千曲川や宮城県の阿武隈川など、多数の河川が氾濫しました。多くは堤防の決壊による洪水であり、河川の狭窄部分や支流との合流地点といった増水しやすい場所の土提が崩壊しています。

従来であれば、河床を掘り下げて流れの許容量を増したり、堤防をコンクリート化する等の補強が行なわれてきました。いずれにしてもすべての水を河道に押しとどめる目的であり、上流部にダムを設置することで河川流量全体を制御するといった設計となっていました。

短時間に流量が急増する21世紀型集中豪雨

しかし近年は線状降水帯のような、短時間に集中的に大雨が降り続く状況が増加しています。河川流域全体で排水量が増すため、河川水位が急激に上がってしまうことが特徴です。気象予測も難しく、とくに夜間に大雨が降り続くといった場合には住民避難が間に合わないことも出てきています。

実際に2020年熊本人吉水害では、過去最大級の4.3mもの浸水が一夜のうちに発生しており、1階部分は完全に水没してしまう状況となっていました。

国交省も「流域治水」へと転じた

これら急増・激甚化する洪水災害を受けて、国土交通省も従来の河川水を河道に閉じ込める方針を転換し、流域の農地や公園・運動場といった公共施設に遊水機能を持たせて積極的に氾濫させつつ、霞堤のような不連続な堤防を建設することで住宅地や都市部への浸水被害を防ぐ考え方となっています。

江戸時代に編纂されていた百姓伝記

実は、このように積極的に溢れさせる治水方法は昔からあるものです。基本的には人や牛馬しか動力のなかった時代、洪水を封じ込めるのではなく溢れても大丈夫なように土地開発や集落の位置を設計していました。河川敷に笹を植えたり、竹垣のような柔軟性のある素材を使った屋敷囲いをつくることで洪水被害を抑制する機能を持っていたのは、ブルーノ・タウトが桂離宮で感激したものでした。

また堤防にしても、一時的な越水を許容するも決壊による河川からの絶え間ない氾濫を抑えるような洗堰を設けることで、水の流れを誘導するような設計をしていました。いずれにしても、洪水に立ち向かうのではなくて受け流すといった自然環境と共存を図る考え方だったと言えるでしょう。

今こそ、草の根の治水対策を進めよう

国の治水対策が転換し、江戸時代のような自然環境と共存する考え方へと戻る中で、そこに暮らす住民たちの意識はまだまだ行政に依存しているところが大半でしょう。行政の出す防災計画や避難所を知っている住民は少なく、そこで具体的にどんな状況になるのかをシミュレーションできていない場合がほとんどです。

しかし、百姓伝記にあるような治水対策とは草の根での取組みが重要であり、個々の住宅での水害を最小限に留める取組みや、近隣コミュニティが協力して防災や避難を計画するといった日常的なソフトの在り方が問われていると言えます。いくらハードを整備しても想定を超える被害が発生する昨今、私たち1人1人の意識変革が求められているのです。

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