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私的平成史「テロ・不況・災害」

平成から元号が変わる(と予め分かっている)ので、テレビも新聞も平成を総括する特集を組んでいますね。個人的にも、この30年間を振り返ってみようと思います。

オウム真理教・阪神大震災

平成が始まった年、ちょうど小学校を卒業して中学校に進学するタイミングでした。そのときに勃興していたのがオウム真理教。選挙に多数の候補者を送り込んだりしていて、街宣車が「しょ〜こ〜」という歌を流しながら走っていたのが印象的でした。秋葉原に遊びに行くと、ちょうどオウム信者のような人々が中古PCを売っていたり、今思うと接点もありました。

その後、地下鉄サリン事件や上九一色村のサティアンへの強制捜査などをテレビで観て、カルト宗教やテロリズムに対する恐怖が刷り込まれたのが平成の始まりと言えます。後年、オウム真理教の施設があった場所に伺う機会がありましたが、現在は盲導犬の訓練施設・富士ハーネスとなっており、その面影と歴史はなくなっていました。

オウム事件とともに印象的だったのが阪神大震災です。高校2年のときに、朝起きたらあの高速道路が横倒しになっている光景がテレビに映っていました。ちょうど修学旅行が京都・奈良に行く計画で予定されていたのですが、新幹線が不通となったために急遽飛行機で広島・萩に行くことになりました。しかしこのときはまだ、災害は他人事の感覚でした。

酒鬼薔薇・池田小事件・アメリカ同時多発テロ

大学に進学したときに、立て続けに小学生を狙った大きな事件が発生しました。酒鬼薔薇事件と付属池田小事件、猟奇的かつ無差別に子どもたちを殺害した事件に驚愕するとともに、自分とあまり年代の違わない人物が犯人だったことに衝撃を受けました。自分が小学校の頃には、東京・埼玉連続幼女誘拐事件で宮崎勤被告が逮捕されているのですが、これら日常生活に潜む犯罪の恐怖をテロリズムと認識するようになりました。

2001年にアメリカ同時多発テロが発生しました。当時、兄がアメリカに留学しており、長期滞在する機会があったのですが、空港には物々しい警備が敷かれておりイスラム系の人々が拘束されるといった光景を目の当たりにしました。自分自身はアメリカ国籍を持っていて、日本のパスポートですんなりと入国できたので、この人種や国籍による分断が始まっていくことが印象的でした。

ベルリンの壁崩壊や湾岸戦争といったグローバルな動きは、幼かったこともありどこか遠くの世界で起こっている印象でしたが、アフガニスタン・シリア内戦といったアメリカ軍とテロ組織の泥沼化していく流れを俯瞰するなかで、テロリズムは日本においても現実的な脅威であると考えるようになりました。

就職氷河期・リーマンショック

就職活動をしているときは、ちょうど有効求人倍率がもっとも低くなった年であり、後に就職氷河期と呼ばれる期間に当たります。縁あって食品メーカーに入社しましたが、ミスマッチも多く転職を繰り返すといった事態に陥りました。結果的に自分の人生は自分で決める、という当たり前の価値観を身に着けることに繋がったので、とくに悪いことだったとは感じていません。

ちょうど独立するタイミングで、リーマンショックと呼ばれる世界同時不況が発生しました。見込んでいた様々な仕事がなくなり、ITのサポートや派遣の仕事で何とか凌いでいたのは今となっては良い思い出です。あの頃に比べると、今はなんて仕事に溢れているのだと感じます。やりがいや働き方を組織や上司のせいにするのではなく自分で決めるようになったのは、この時の経験が大きいです。

東日本大震災

個人的に転機になったと言えるのは、東日本大震災です。地震が発生したときにはつくば市の研究所に行っていて、建物に亀裂が入り外に緊急避難しました。そこから都内に戻ろうとしても、TXも常磐線も止まっていて身動きが取れないため、コンビニで食料を調達してホテルのロビーで毛布を借りて一夜を明かしました。

翌日ホテルでテレビを観て、津波が東北沿岸部全域を襲っていたのを目の当たりにしました。これは大変なことが起こったと感じ、急いで東京に戻って情報を集めました。その後、計画停電や余震、そして原発事故といったアクシデントが立て続けに発生して、大混乱に陥っていたことを思い出します。一方で自分自身は4月から岡山県に移り住むことになり、西日本の平常ぶりに大きなギャップを感じました。

天は自らをタスクものを助く

結果的に東日本大震災の復興事業で東北の被災地を巡ることになり、そのまま地方創生の流れで全国各地の地域活性化のお手伝いをするといったことが仕事になりました。もともとは自分が生き残るために挑戦したり、会社や先輩が頼りにできない環境において自らの仕事を開拓していった経験が、被災地や地域という現場を得て事業立ち上げのためのタスクづくりや関係機関とプロセスを協働していくといった実績に繋がってきました。

反面、あまり人を信用しすぎずにプランB,Cを常に用意しておくといったドライな仕事の進め方をするようになったのも、もしかしたらテロリズムや不況を与件としているからなのかもしれません。人付き合いもあまりべったりしたものは好まず、恨みを買ったり過剰な期待をされないために特定の地域や組織にそこまで深入りしないようになったというのも、処世術と言えますが外部環境による影響が大きいでしょう。

平成の次の時代を予見する

何かとネガティブな話題が多かったように思える平成時代ですが、個人の才覚や努力次第でいろいろなことができるようになったというプラスの側面は大きく実感しています。大企業の看板やキチンとした肩書きがなくても、数年で実績を積んで第一人者になり得る社会なのだと実体験を踏まえてチャンスの大きな社会になっていることを感じています。

特定の地域や組織に深入りしないのも、次のチャンスを掴んだときに軽やかに移り変わるためと言えますが、そろそろ自分自身も身を固めるというか、特定の地域や組織において責任を持った方が良い年代に差し掛かっています。人生を賭けた大勝負が果たして次の時代には待っているのか、平成はその準備期間だったと言えるように、いろいろ泥まみれになった経験を棚卸ししておきたいと思います。


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にゃん
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猫の地域経済研究所(ネコノミーラボ)

山梨県、岡山県、徳島県、福島県、北海道、三重県と日本各地でプロジェクトの0→1を立ち上げるお仕事を経験。猫がウヨウヨしている地域社会を志向するネコウヨです。猫が暮らしやすい地域は人間も暮らしやすい。気持ちが温かくて、いろんなことに寛容で、雑多な雰囲気の内容を目指しています。
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