店の語源は「見せ」、製造工程を見せることが信用に繋がった
宮本常一著『イザベラ・バードの旅『日本奥地紀行』を読む』のご紹介です。『日本奥地紀行』は面白いですが読むには難解な部分もあるため、民俗学者・宮本常一さんの視点で解説してもらえると解像度が格段に上がって、明治時代になったばかりの日本の姿が浮かび上がってきます。
男性が子育てにコミットする地域社会
私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときは手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないといつもつまらなそうである。
『日本奥地紀行』に記されたイザベラ・バードの何気ない一節から、当時のイギリス社会との比較がされています。寄宿生活で教育が外部化された結果、家庭の崩壊や少子化といった問題が発生し始めていたイギリスからやってきたバードの目からみて、男性たちが自分の子どもを背負って集まり、利発さや可愛さを競い合うような光景は眩しく映ったことでしょう。そしてそれらは現代の私たちにとっても、大きな示唆があります。
群衆は言いようもないほど不潔でむさくるしかった。ここに群がる子どもたちは、きびしい労働の宿命を受け継いで世に生まれ、親たちと同じように虫に喰われ、税金のために貧窮の生活を送るであろう。
もちろん、子どもたちにとっては幼いうちから労働力として勘定され、貧しいままで終わることが宿命となった厳しい地域社会であることはバードの文章でも表現されています。
東の味噌汁、西の茶漬け
今でこそ、味噌汁は全国で食べられていますが、もともとは庶民の保存食として好まれていたようで名古屋以東の食文化だったようです。西では冷や飯に熱々のお茶をかける茶漬けがインスタント食として好まれていたようで、それらは現在の味噌の産地が三河や信州といったエリアとなっていることにも関係しています。
障子は穴だらけで、しばしば、どの穴にも人間の眼があるのを見た。プライバシーは思い起こすことさえできないぜいたく品であった。絶えず眼を障子に押しつけているだけではない、召使いたちも非常に騒々しく粗暴で、何の弁解もせずに私の部屋をのぞきに来た。
日本での旅においてバードが困惑したのは、障子やふすまといった簡易な仕切りがあるだけでほとんどプライバシーが守られていない点です。どの家も玄関には鍵がかけられておらず、玄関口で仕事をしているケースが大半でした。店ではその仕事の成果としての商品が売られており、その奥では生活が営まれているといった具合です。
浴場においても、他の場所と同じく、固苦しい礼儀作法が行なわれているということに気づいた。お互いに手桶や手拭いを渡すときは深く頭を下げていた。日本では、大衆の浴場は世論が形づくられるところだと言われる。ちょうど英国のクラブやパブの場合と同じである。女性がいるために治安上危険な結果に陥らずに済む、とも言われている。しかし、政府は最善を尽くして混浴をやめさせようとしている。
このプライバシーの点においてバードがさらに面食らうのが、公衆浴場での男女混浴です。しかし日本の庶民にとっては、公衆浴場は社交場でありそこで様々な情報交換が為されることで世論が形成されるといった一面があり、男女がその場に一緒にいることに意味があるという点も記されています。
アイヌ民族に対する日本人の差別
バードは最終目的地であるアイヌ民族の住む平取に到達します。そこではすでに日本人との混住・混血が始まっており、「アイヌは犬だ」と蔑む日本人たちの姿が見られます。とくに開拓民として北海道に入植した日本人は、賊軍として東北地方を追われた旧士族であり、その鬱屈とした自尊意識がアイヌへの差別へと向かったことが指摘されています。
未開人の顔つきというよりも、むしろサー・ノエル・パトンの描くキリスト像の顔に似ている。彼の態度はきわめて上品で、アイヌ語も日本語も話す。その低い音楽的な調子はアイヌ人の話し方の特徴である。これらのアイヌ人は決して着物を脱がないで、たいへん暑いときには片肌を脱いだり、双肌を脱いだりするだけである。
バードの視点からは、ニュートラルに日本人とアイヌ人の比較がみられます。ほとんどふんどし一丁のような日本人よりもアイヌ人の方が気品があるとさえ記しているように、当時の民俗的な水準はむしろアイヌ人の方が高かったのかもしれません。
私たちが知っている歴史は、文字として残された限られた情報から紐解かれたものです。あるものは為政者の都合の良いように記載され、またあるものは執筆者の立場や視点によって偏見が混じる場合もあるでしょう。そして、その文字情報よりも圧倒的にたくさんの情報が恐らくは現代まで伝わらずに埋もれてしまっていることでしょう。その行間をいかにして埋めていくのか、民俗学者の仕事に興味を持ちました。