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日本国憲法の根底にある「知恵」への信頼

参議院議員選挙が終了し、憲法改正を目指す勢力が両院において2/3を超えたことが話題となっています。実際の改憲に向かうためには、国民投票を踏まえて様々なハードルがあることも示されていますが、参院選の投票率が50%程度だったことを踏まえると、改憲に意欲的な自民党周辺の主導で物事が進む可能性もあります。

個人的には、様々な意訳やご都合主義の拡大解釈によって実態に沿わなくなってしまった現行憲法改正に向けた議論が高まるべきとは考えていますが、2012年に自民党が公開した憲法改正草案には多くの問題があると見ています。とくに草案にある第98条の緊急事態条項や第24条の家族主義的規範は、権威主義的な価値観に基づいた内容だと感じています。また第102条「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」とは、憲法を遵守する対象が為政者から国民へとすり替わっており、憲法の在り方自体を揺るがすものでしょう。

日本国憲法の根底にある思想とは

現行の日本国憲法全文に書いてある言葉は非常に美しく、これを変えるべきではないと感じています。もちろん21世紀に生きる我々にとっては、欠乏や隷属といった言葉は遠い過去の出来事ですが、世界に目を向けてみればまだまだ数多くの紛争や迫害を抱えており、日本という国がそこに果たすべき役割は大きいと思います。

そして、憲法として明確に規定しているのは国会や内閣、司法といった為政者側の原則や倫理であり、国民に対して規定している部分は基本的人権や義務教育、勤労・納税の義務が記されているだけで、そこに付随して表現や移転、職業選択の自由が保障されています。

日本国憲法は為政者を厳しく律し、国民を信頼している

つまり、日本国憲法は国民の権利を守るために制定されたものであり、それが権力や武力によって侵されるべきではないという趣旨に立っています。国民は自らの生活や仕事を、創意工夫や努力を通じて創造的に発展させる存在であり、この国民の自助努力には一定の信頼を置いています。

厳密に法律や規則を規定して、その通りガチガチに運用することはラクではあるのですが、思いやりやサプライズといった人間らしさが入り込む余裕をなくします。むしろそういった人間の知恵に沿った形でルールを運用しなければ、どんどん窮屈な世の中になっていくことでしょう。

知恵の喪失(YouTube)

果たして先人たちが目指した、国民を信頼する社会を私たちは創れているのでしょうか。それとも、箸の上げ下げから権力によって決められる世の中を私たちは望むのでしょうか。憲法改正というのは、そういった根本思想を問われているものなのだと言えます。

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