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幸福のコストパフォーマンス

映画『人生フルーツ』を観ました。文化庁芸術祭大賞を受賞したドキュメンタリーで、合わせて177歳の素敵なご夫婦の素朴な暮らしを綴った内容です。場所は高蔵寺ニュータウンという名古屋郊外の新興住宅地であり、そこで40年かけて雑木林をつくり、土を耕し季節の収穫を愛する津端修一さん・英子さんの姿に心が和みます。

郊外ニュータウンという時代の縮図

高度成長期、大都市圏郊外は人口急増を吸収するためにニュータウン建設が進みました。とくに名古屋圏では、1959年伊勢湾台風の被害によって海抜0m地帯から台地への住み替えが進み、高蔵寺など郊外が開発されました。そのニュータウンの設計図を任されたのが津端修一さんです。1970年には実際に自ら高蔵寺ニュータウンに移住し、300坪のキッチンガーデンのある暮らしを体現するようになります。

同様に日本全国でも、ニュータウンは郊外各地につくられました。もともとは関東大震災の火災や台風による洪水被害など、低層地域の木密地区住み替えを目的としていた郊外開発は、1960年代に入ると都心部で働く給与所得者の夢の住処として喧伝されるようになりました。そういった経緯もあり、経済優先で建設されたニュータウンは同じような年代と立場の人々が住む、均質化された地域社会となりました。

風が吹き、葉が落ちてやがて土となる暮らし

一方で1960年代には、すでにアメリカでも都市化の弊害といった議論が出始めており、気鋭の都市開発デザイナーであった津端修一さんも自らの理想が経済合理性によって歪められる場面を多く目にするようになります。時代に絶望するわけでもなく、魂を失って社会の歯車となるわけでもなく、津端さん家族は自らの暮らしを変えていくことを選択します。高蔵寺ニュータウンに居を移し、雑木林をつくって良い土壌をつくることが、自分たちが後世に伝えられることだと考えたからです。

それは決して諦めではなく、むしろ希望に満ち溢れた暮らしを体現することになりました。「家は暮らしの宝石箱」という理念の下、春になれば草花が芽吹き、夏には鳥たちが水浴びにやってきて、秋には紅葉と実りが楽しめ、冬は保存食をつくりながらゆったり過ごすという自然を身近に感じる生活を、津端さん夫婦は40年かけて創り上げていきました。

年を重ねるごとに美しくなる人生

現代社会はいろいろ世知辛くて、年金や医療介護の問題は高齢者に長生きをするな、といった風潮で危機感を迫ってきます。すべて経済合理性だけで判断してきた日本社会の悲しい現実とも言えますが、老後に数千万円が必要だといった試算についてもどれくらいの意味があるのか、再定義するべきなのではないでしょうか。

花が美しい、風が気持ち良い、食べ物が美味しい、鳥のさえずりが心地よい、自分自身の感性に訴えかける様々な環境に五感を傾け、ちょっとしたことに幸せを感じることができるようになれば、それだけで幸福な暮らしは実現できるのだと津端さん夫婦は教えてくれます。消費社会において幸せのコストを上げるのではなく、自然環境に寄り添って幸せを感じる閾値を下げることが、最もコストパフォーマンスの良い幸福な暮らしなのでしょう。

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