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たま駅長の奇跡・わかやま電鉄再生の道

日本でもっとも有名な猫と言えば、わかやま電鉄貴志駅のたま駅長ではないでしょうか。2015年に死去するまで数々の伝説をつくり、現在でも名誉永久駅長としてわかやま電鉄貴志川線を訪れる観光客に在りし日の姿を提供し続けています。

地方鉄道を巡る厳しい状況

地方鉄道は軒並み厳しい状況にあります。人口減少とクルマ社会化によって、鉄道を利用するのは中高生の通学か免許を返納した高齢者かといった形で、利用者数が落ち込んでいるところが大多数です。もはや生活路線としての地方鉄道は成り立たなくなってしまっていると言えます。

鉄道事業の特徴として、運行にかかるコストがほとんど定常的なものとなっていて、利用者がゼロであろうとたくさん乗車していようと、運行コストがほとんど変化しません。つまり、都心部の満員電車は(乗客の快適性は別にして)鉄道会社にとってはぼろ儲けの状況であり、利用者のいない地方鉄道はコストばかりかかって儲からない、赤字転落してしまう状況になっています。

廃線の危機に沿線住民が立ち上がる

わかやま電鉄貴志川線も例外ではなく、廃線が検討されていた2005年当時は年間5億円もの赤字が毎年累積していく状況にありました。当時貴志川線を運行していた南海電鉄が廃止を発表すると、沿線住民を中心とした「貴志川線の未来をつくる会」が発足され、6000人もの会員を集めるまでに至りました。会員はそれぞれ1000円の年会費を払い、貴志川線を積極的に利用しようと活動開始しました。

わかやま電鉄貴志川線は、和歌山駅から紀の川市貴志駅までを結ぶ全長14.3kmの短い路線で、もともとは西日本最大の三社参り(竈山神社、日前神宮・伊太祁曽神社)のために1916年に敷設された鉄道です。1961年には南海電鉄の傘下に入るも、他の路線からは孤立していたため車両の置き換えやICカード化といった積極的な投資が行なわれずに利用者が伸び悩んでいました。

岡山の両備グループが再生に手を挙げる

沿線住民からの嘆願もあり、和歌山県や和歌山市、紀の川市といった周辺自治体からの財政支援も実施される形で、わかやま電鉄貴志川線の再生はスタートします。当初は地元企業での運営を想定していましたが、公共交通再生のノウハウを持つ岡山県の両備グループが手を挙げることになりました。

公設民営の再生スキームで、鉄道用地を和歌山市と紀の川市が2億3000万円で南海鉄道から購入し、その資金を和歌山県が補助するといった形での協力体制が出来上がりました。いわゆる上下分離方式で、鉄路や駅舎といった不動産を自治体が保有し、運行を民間企業主体で経営する手法は地方交通再生の切り札とされています。

わかやま電鉄に現れた救世主、たま駅長

2006年4月にわかやま電鉄貴志川線として再スタートする際に、1つの課題が出てきました。当時、終点の貴志駅には売店があり、その横の小屋で猫の親子が飼われていました。しかし、駅は公有地の無人駅となって猫は飼えないと立ち退きを迫られます。

猫の親子の子どもは美しい三毛猫で、わかやま電鉄の社長もその姿に見惚れます。そうだ、この子を無人駅の駅長にしよう!というアイディアが閃き、たま駅長に辞令が下りることとなります。報酬は1年間のキャットフード、仕事は“客招き”であるとして、世界初の猫の駅長が誕生しました。ちなみにたまの母親ミーコと妹分のちびは助役に任命されました。それからのたま駅長の活躍は、皆が知る通りです。

わかやま電鉄の収益はV字回復

2005年の廃線が検討されていた当時は、運賃収入が3億円で運行経費が8億円と、-5億円の赤字が慢性化していた貴志川線ですが、たま駅長の登場によってその経営状況は劇的に改善します。利用者数が20%増加し運賃収入は4億円となり、さらにグッズ等の商品開発によって年間1億円の売上げがプラスされます。一方で運行経費のコストダウンも図られ、赤字幅は当初計画の8200万円を下回る形で推移しています。

2016年には新たな10年計画が発表され、公的資金の投入が大幅に削減されるなど、地方鉄道の再生事例としてはこれ以上ない結果を残しています。たま駅長の存在という幸運があったにしても、その幸運をきっちりと観光の目玉として打ち出し、毎年昇進していくような継続的な仕掛けにして、グッズ販売や沿線自治体との連携によるプロモーションを図るのは並大抵のビジネスセンスではありません。

鉄道も猫も、活かすのは人

たま駅長は、言わばどこにでもいる普通の三毛猫です。しかし、その猫を駅長に据えて観光の起爆剤にするというアイディアは、廃止が検討されて無人駅が前提となった貴志川線だからこそ実現できました。また、たま駅長自身が物怖じせずに人馴れした性格だったというのも奏功したと言えます(このような猫は経験的に10%以下でしょう)。

たま駅長が登場した後に、全国の鉄道駅に犬や猫の駅長が誕生しています。しかし、パイオニアとしてのたま駅長の存在感を超えるものはないでしょう。鉄道のみならず、様々な地域振興において動物たちの存在は応用できる事例になるのではないでしょうか。近年のネコノミクスの元祖として、たま駅長から学べることは多いと感じています。

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